なぜこれを作ったか

災害は、いつ、どこで、誰に降りかかるか分かりません。日本はずっと、そういう国でした。

それでも多くの人は、自分の身に起きるとは思っていません。私もそうでした。 災害用のパックのようなものを一つ買って持ってはいましたが、 中身について深く考えたことはありませんでした。開けて使ってみたこともありません。 一時間後に地震が来ると思い込んで、家の中を確かめたこともありませんでした。

先日、『この世界の片隅に』というアニメーション映画を観ました。

戦争がじわじわと身近なものになっていって、少しずつ制約が増えて、 いつの間にか爆弾が落ちている。誰を呪えばいいのかも、誰に救いを求めればいいのかも分からない。 受け入れるしかない。そういうことが、やさしい絵で、そのまま描かれていました。

ただ私は、その後どうなるかを知っています。だから観ているあいだ、 どうしてもっと想像力を働かせて、準備しておかなかったのかと考えてしまって、 ずっと気分が悪いまま最後まで観ていました。

そのあとで、自分を上から眺めてみました。

南海トラフの地震はいつ来てもおかしくないと言われています。 戦争は終わったものではなく、まだ起こりうるものです。 感染症が一週間で世界に広がるところも、すでに一度見ました。

あれ、と思いました。さっきまで画面の中で見ていた構造は、 自分の身の回りに、いつも同じようにあるのではないか。

違いがあるとすれば、それに気づいている側にいるかどうかだけです。 そして気づいている側にいられるかどうかが、 いま目の前にある一日を、どれだけ大切に思えるかを分けているのだと思いました。

それで、このサイトを作りました。

やっていることは単純で、いま何がどれだけ足りないのかを、計算式つきの数で出すだけです。 商品を売るためではなく、数を知るためのものです。 「備えましょう」と言われて動く人は少ないけれど、 自分の家に何個足りないという数字を見ると、押し入れを開けたくなる。 少なくとも私はそうでした。

数を知ったところで、災害が来ないわけではありません。来たときに困らない保証もありません。 それでも、気づいている側に立つ人がひとり増えることには意味があると思っています。

数えてみる

そなえれて